長野簡易裁判所 昭和38年(ろ)14号 判決 1963年11月19日
被告人 東福寺亀吉
昭八・六・一一生 自動車運転者
主文
被告人を罰金二、五〇〇円に処する。
右罰金を完納することができないときは金二五〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は昭和三七年一〇月三〇日午後五時三〇分頃、普通乗用自動車を運転し、長野市南千才町八二六番地先の交通整理の行われていない左右の見とおしのきかない交さ点を時速三〇粁位の速度で進行し、もつて徐行しなかつたものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
被告人の判示所為は道路交通法第四二条第一二〇条第一項第三号罰金等臨時措置法第二条第一項に該当するので所定金額の範囲内において、被告人を罰金二、五〇〇円に処し、刑法第一八条を適用して右罰金を完納することができないときは金二五〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書に従い、被告人に負担させないことにする。
(第七〇条違反としての公訴事実につき判断を省略した理由の要旨)
本件公訴事実は、「被告人は、昭和三七年一〇月三〇日午後五時三〇分頃、普通乗用自動車を運転し、長野市南千才町八二六番地先の交通整理の行われていない左右の見とおしのきかない交さ点を直進するに際し、徐行せず、かつ左方道路に対する安全を確認しないまま時速三〇粁位で進行したため、左方より交さ点に進入して来た大型貨物自動車に衝突させ、もつて他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなかつたものである」と言うのであり、罰条として道路交通法第四二条第七〇条第一一九条第一項第九号第一二〇条第一項第三号を掲げている。右公訴事実が刑法第五四条第一項前段の想像的競合に該当するものとしての起訴か或は同項後段の牽連犯としての起訴か或は同法第四五条前段の併合罪としての起訴かについては明らかでないが、いずれにしても二罪に該るものとしての起訴があつたものと認められる。しかしながら当裁判所は右道路交通法第七〇条の規定は、同法各本条に規定している運転者の義務行為に該当しない行為を捕そくするための補充的規定であり、したがつてその適用範囲は極めてせまく、他の各本条で一定の行為を義務としており且つその義務違反を処罰している場合には、その一定の行為が同時に右第七〇条の構成要件に該当しても右は刑法第五四条第一項前段の想像的競合とはならずましてこれを併合罪と見ることのできないことは論を待たないところでありしたがつて此の場合各本条の違反罪だけが成立し右第七〇条違反の罪は成立しないものと解する。則ち道路交通法の義務行為を規定する各本条と右第七〇条とは補充関係による法条競合の場合であると解すべきである。かく解さざれば右第七〇条は道路交通法各本条に規定するすべての義務行為に違反した場合を包含するが如き結果となり、著しくその適用範囲が拡大されるに至りひいては道路交通法の義務規定としては右第七〇条の一個の法文を存置すれば足るとの見解も成立するに至るおそれなしとしない。
ところで本件公訴事実中には前記認定の徐行義務違反の外被告人は左方道路の安全を確認しないまま時速三〇粁位で進行したとの事実を併記し、これ等の所為を他人に危害を及ぼすおそれのある速度と方法に該当するものとし、これ等義務違反により大型車との衝突事故が発生したとの事実を綜合して罰条として右第七〇条を明示しているのでこの点につき少しく検討を加える。
凡そ右の如き安全確認義務は道路交通の安全円滑を図るためすべての運転者に課せられたいわば法以前の基本的一般的義務と言うべきであり、道路交通法各本条の義務規定の背景をなすものでもとより右第四二条の徐行義務の規定の背後にも右安全確認義務は当然包含されているものと見るべきであり、本件においても被告人が左方の安全を確認したならばおそらく徐行したであろうことが肯認できるのであり右両義務は謂わば表裏一体の関係にあるものと解すべきである。而も道路交通法第七〇条は所謂危殆犯の類型に属するものであるから必ずしも結果の発生を必要とするものでなく、本件の如く衝突事故の事実はこれを別途に論ずるのが妥当ではないかと考える。
以上の点を綜合考察すれば、本件は所謂法条競合の場合に該当するので結局一罪を構成するものと認めるべく、被告人に対し前記認定の如く徐行義務違反の刑責を負わしめる以上重ねて右第七〇条違反の責を負わしめるべきでなく、前記公訴事実中第七〇条に関する部分は特に判断を要しないものと考える。仮に本件につき右第七〇条違反が成立するとの見解をとるとしても所謂「大は小を兼ねる」との縮少の理論から見れば前記の如く軽い徐行義務違反のみで処罰することはもとより不当ではなくまた第七〇条を一般的義務規定第四二条を特別的義務規定と見る立場から見ても右四二条を優先適用すべきことは論を待たない。
そこで当裁判所は主文はもとより理由中にも右第七〇条につき判断しなかつた次第である。
(裁判官 豊島伝之)